面倒だけど結局楽しい年賀状

10月くらいになると、ああもうそんな季節か…そろそろ考え始めなきゃ…と、楽しみ半分、気鬱半分で思うもの。私にとっての年賀状は、毎年そんな存在です。

まずはデザインから。写真を撮るのが好きなので、一年間に撮りためた写真を使ってデザインを考えます。一応毎年違うデザインにはしたいけれど、毎回斬新なものを考えるセンスはないので、結局いつも四苦八苦です。

しょせん自己満足なんだから、そんなにプレッシャーならもうやめちゃってもいいのにねぇ、と自分でも思うのですが、数年続けてしまったので何となくやめにくくて、秋になるとやっぱり考え始めてしまうのでした。

その年に撮った写真をPCモニタ上にダーッと並べて選んでいると、一年間のことが思い出されてだんだん楽しくなってきます。今年も楽しい写真と思い出があることに、何より感謝。そして何とか納得のいくデザインが出来たときの達成感と解放感がたまりません。

でもそうやってデザインが終わっても、まだまだ年賀状の気がかりは続きます(笑)。住所録のメンテナンスは終わってたっけ? 頂いた年賀状での連絡事項や、年の途中で届いた転居のお知らせは反映させたかな? 今年の喪中葉書は大丈夫? しっかりしているように見える(らしい)けれどかなり抜けている性格なので、取りこぼしがないか毎年ドキドキです。

さて、何とかそこまでクリアしても、まだ実は悩んでしまうことが。それは、誰に出すかということ。
もちろん、毎年必ずやりとりする人は問題ありません。でも、いるんですよね。向こうからはくれない人。なのにお返事は必ずくれる人(笑)。この人、こっちから出さなかったらもう年賀状くれないのかな? 今年はやめちゃおうかな(笑)、と思ってみたりもするのです。
でも、いざ自分が出さなかったときに頂いてしまうと、なんだかいたたまれない気持ちになってしまう…というのが過去の経験からわかっているので、結局「迷ったら出す」ことになるのでした。

私は「出した人から来ない」より、「出してない人から来る」ほうが居心地悪いタイプですが、どちらが苦手かは人によるのでしょうね。みんなどう思ってるのか一度聞いてみたいものです。そもそもみんな、こんなに年賀状のこと考えていないのかも(笑)。

毎年、地味に頭を悩ませる年賀状。面倒だなぁと思うこともあります。それでも、お正月に頂いたものを1枚ずつ眺めるのはやはり嬉しいものです。面倒くささも楽しさもひっくるめて「人間関係」。そして次の年賀状も頑張ろうと思うのでした。また悩むんでしょうけど。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*